それは、街の音が消え去った深夜二時過ぎのことでした。最後の一仕事を終えて眠りにつく前、何気なく用を足し、いつものようにトイレのレバーを回した瞬間、私の平穏な夜は一変しました。レバーを回した時の手応えが異様に重く、本来なら爽快に聞こえるはずの水流の音が、鈍く「ゴボゴボ」という不吉な音に変わったのです。何かがおかしいと感じた時にはすでに遅く、便器内の水位が恐ろしいスピードでせり上がってきました。溢れる、という恐怖が脳裏をよぎり、私は反射的にタンクの蓋を開けて強引に止水弁を抑えようとしましたが、水は無慈悲にも便器の縁ギリギリのところで踏みとどまりました。トイレの水が流れない、それだけで自分の部屋が汚水に飲み込まれるのではないかという、原始的な恐怖に襲われたのを今でも鮮明に覚えています。その後の数時間は、インターネットで調べた応急処置を片っ端から試す孤独な戦いでした。ラバーカップなどという便利な道具は手元になく、私はバケツに汲んだぬるま湯を高い位置から注ぎ込むという方法に賭けました。お湯の温度が熱すぎると便器が割れるという警告を読み、慎重に温度を調整しながら何度も繰り返しましたが、状況は一向に改善しません。便器の中の汚水は、私の焦りを嘲笑うかのように静止したままでした。深夜ということもあり、近隣への騒音を気にして大きな音を立てることもできず、私はただ、数分おきに鏡を見ては青ざめた自分の顔を確認し、スマホで二十四時間対応の業者を検索し続けました。最終的に駆けつけてくれた作業員の方が、専用のポンプであっさりと詰まりを解消してくれた時、私は崩れ落ちるような安心感とともに、文明の利器がいかに脆弱な土台の上に成り立っているかを痛感しました。原因は、数日前に掃除に使った「流せる」と謳われていた厚手のシートが、配管の曲がり角で団子状に固まっていたことでした。それ以来、私はトイレを流すたびに、水が正常に吸い込まれていく様子を最後の一滴まで見届けるまで、その場を離れることができなくなっています。